はじめに
口腔領域では歯牙や歯周組織、口唇。舌、頬、口底に対する外科処置の症例が日常的であり、それに伴う知覚ことになり麻痺のリスクが高い。局所麻酔の針の位置、骨の損傷などで結果的に知覚麻痺が引き起こされることになり、歯科医師にとっては細心の注意が必要であり、万が一そのような症例を経験した場合でも速やかに対応し、治療効果をあげることが求められる。
しかしながら現在のところ知覚麻痺に対する有効な治療方法が提示されているとは言い難い状況があり、温熱療法・ビタミン剤の内服で経過を見る程度の治療が行われているに過ぎない。結果として麻痺症状が固定化し、患者の口腔機能が低下することとなる。
当診療所では舌痛症や味覚障害の治療を本格化するとともに神経麻痺に対しても治療方法検討し、成果をあげているので、症例を提示してその治療方法を紹介したい。
●症例の検討
◆症例(1) 21歳 女性
某病院に入院して全身麻酔下に上下顎智歯(下顎は水平地埋伏智歯)の抜歯手術を受けたが、 術後右側の舌・口唇・歯肉・口唇周囲皮膚の知覚麻痺と味覚障害(甘味と塩味の障害)出現した。
ビタミンB12の内服を開始したが症状の改善がなく、当科にて神経麻痺の治療を担当することとなった。
治療方針は
1.高周波電気の非接触照射を集中的に行う
2.亜鉛の補充を行う
3.ビタミン B6 B12 の内服
4.神経の炎症を抑制する
以上の方針の下に治療を開始した。
1.については、年末であったので3日間、1週間空けて5日間照射を続けた。照射部位は右下顎舌側部で
第2・3大臼歯歯根部(舌神経への対応)、右舌縁部と舌尖部ならびに乳様突起基幹部の茎乳突孔部
(顔面神経への対応)、オトガイ孔部の顔面皮膚とし、各部10分間ずつ照射した
2.については、胃潰瘍治療薬プロマックを1包・日。1ヶ月間内服。2ヶ月目2週間内服。
3.については、ビタメジンを2P/日で2週間1P/日で2週間内服。
4.については、ノイロトロピン1Vをトリ不リード200mlに希釈して点滴静注を10回実施した。
治療結果は
約2週間で口唇、口唇周囲皮膚の麻痺が回復し、舌の側縁部について約1㎝の部分を除いて回復し、味覚障害も回復した。 右下第1・2小臼歯舌側部歯肉の麻痺と舌側縁部の麻痺については、治療開始より約2ヶ月で回復した。現在は治療開始後6ヶ月を目途に 月1回の経過観察と高周波照射を継続している。
◆症例(2) 63歳 女性
某病院に入院して、局所麻酔下に下顎口腔前庭形成術と前歯部4本のインプラント植立術を受けた。 下顎は無歯顎で、総義歯の維持をよくするための治療方針であったが、直後より左下唇とオトガイ孔から正中にかけての顔面皮膚の知覚麻痺が出現した。
また、左舌の側縁部も麻痺があったが、持続的なピリピリ感があり苦痛で不眠症状が続いていた。ビタミンB6の内服を持続したが改善なく、 手術より半年後に当科を受診し神経麻痺の治療を始めることになった。麻痺症状が出現してから時間が経過しているので、麻痺の固定化が推測されたが、 摂食嚥下障害と発音障害があるため、治療を試みることにした。
治療方針は症例1と同様としたが、通院の都合もあって週1回程度とせざるをえなかった
1.については、オトガイ孔部の顔面皮膚に1回10分の高周波照射を行った。
2.については、プロマックRを1包/日、1ケ月間内服。
3.については、ビタメジンRを2P/日、1ケ月間内服。
4.については、ノイロトビンR1Vを症例と同様の方法で3回点滴静注した。
治療結果は
予測に反して3週間後には舌と顔面皮膚の知覚麻痺が回復し、口唇の感覚も痛感が回復した。舌のピリピリ感は1週間で回復した。2ケ月後には口唇の麻痺が回復した。摂食、嚥下障害は舌と皮膚の知覚回復とともに改善し、治療開始から1ケ月後には正常となった。
◆症例(3) 36歳 男性
舌の先がしびれて甘味を感じなくなっため某病院口腔外科を受診し口内炎の治療薬を処方されたが回復せず、1ケ月後に当科を受診した。味覚障害と診断し血清亜鉛と測定、ヘリペスウイルス(HSV・VZV)抗体価とカンジタ菌培養検査(ストマスタットによる検査)を行った。 検査結果はストマスタット陰性、HSV抗価正常、VZV抗体価8倍、血清亜鉛50μg/dlであった。
治療方針は
1.舌苔の除法と舌の清掃指導
2.亜鉛の補充を行う
3.高周波電気の照射
以上の方針の下に治療を開始した。
1.については、舌清掃用スポンジを使ってアズノーガーグルRで舌の表面を清掃する方法を
歯科生士により指導し、経過をみることにした。
2.については、ブロマックRを1包/日、20日間内服。
3.については、非接触A、1回7分で2回照射した。
治療結果は
約2週間で味覚障害が回復し、舌のしびれ感も回復した。
まとめ
口腔領域は五感としての味覚と三又神経による知覚の交錯した領域であり、ひとたび感覚の異常が発症すると、摂食、咀嚼、嚥下障害のみならず会話の障害、さらには精神の不調や睡眠障害が引き起こされ、日常生活に支障をきたすことになる。歯科治療が外科的要素の高い診療であるために、このような神経の障害と関連しやすく、不可抗力的に神経麻痺に遭遇するリスクをかかえていることは周知のことである。外科的処置や麻酔においては細心の注意をはらうことにより、麻痺を引きおこさない臨床的能力が歯科医師に求められることは当然のことであるが、にもかかわらず麻痺の症状に遭遇した場合に、どのような初期治療を開始するのか、明確な治療方針を立てておく必要がある。 そのためには、どのような治療がより効果的であろうかについて、日頃より検討し経験を蓄積しておくことが大切である。しかしながら、現時点では画期的な治療方法が開発されておらず、「日にち薬」の域を出ない対応に終始しているのが現状である。 私たちの施設では以前より低周波刺激による神経麻痺治療で一定の成果をあげてきたが、より効果の大きい方法として数年前より高周波照射法を導入してきた。今回報告した症例はその成果を示したものであり、神経麻痺に対してひとつの解決方法を提示したものである。 より早期に高周波を非接触で照射し、同時に亜鉛の補充を行うことと、神経痛の治療に使われているノイロトロビンRを早期に投与することの組み合わせで、神経の麻痺が短期間に改善することが次第に明らかとなりつつある。もちろん、高周波の照射は神経の走行を考慮した点と面の工夫がなくてはならず、ペインクリニックの手法がベースにあることは言うまでもない。 手術後に麻痺が発症した場合には、経過をみて麻痺の固定に至らしめることがないように、迅速な対応が求められる。
参考文献
- 駒井 正 :口腔疾患における高周波電気治療の効果に関する検討 歯科救急医療 27(1):18-21, 2006
- 駒井 正、澄川耕二、天方義邦:歯科臨床おける軽皮通電経穴刺激法の臨床的検討ペインクリニック 4(1):51-56,1983
- 駒井 正 :低亜鉛血症と味覚障害 歯科救急医療 19(29:26-28), 1998
